2019.5.16 轍

特別こだわっている訳ではありませんが、何となく年初のブログの記事のタイトルは「轍(わだち)」にしてきました。
自分の行く末は知る由もなく、ただ僕はどこを歩きどんな風景を見てきたか、それを覚えていたいから。そして、これから踏み出す大地に道標を立てたいから。どんなに浅くとも、どんなに曲がりくねって細くとも、その轍は僕の轍なのだからと。
と言っても、もう5月やんか! むむむー、サボり過ぎやん!

ちょっとね、文字打ちする根性がありませんでした。指一本しか動きませんしね。なんだか呼吸苦だし。いろいろ呼吸器の設定も変えてますがしっくり来ませんねえ。あっちこっちまた進行したかあ。
と言っても、もう5月やんか! なんとか変わらず元気です。

風が薫る。くるくる回る。遥か遠い空の隅には何があるのだろう。戻ってきたら逢いたい誰かの様子を聞かせてね。
この先何が出来るんだろうというようなことをよく考えます。それは何処かへ出掛ける、旅行する、というようなことではなく、もちろんいつまで話すことや文字打ちが出来るのだろうか、といったことでもなく。
何を考えどんな風に生きて行けば良いんだろう、僕の感情は何処に抱えて生きて行けば良いのだろう、言葉にすると強すぎるけれど「死」というものをいつも考えています。その答えを探す旅はしなくても良いことは知っています。往ったり戻ったりぐるぐる回っているだけでも良い、ということもね。
でもね、まあるい湖の真ん中で白い霧に包まれて膝を抱えているとしても、どこからか波の音は聞こえないか。誰かが投げた小石の波紋が小舟を揺らしてはくれないだろうか。

轍を振り返り今日まで歩いてきた道を見つめれば、歩いていた時間より立ち止まっていた時間の方が多い。後悔や無念に混じって、たらればの轍に夢を見ても、やっぱりそれは僕のものじゃないんだし。
こんなところで立ち止まってはいけないことはちゃんと分かっている。こんなにも広い世界のほんの片隅に、命というものを授かって生まれ落ちたのだもの。
「生きる」ということ以外に選択肢はない。

また足元を見てみますか。行き先は書いていないけれど、歩きだす道は靴の先に伸びている。
また今年も頑張ってみます。・・・って、もう5月やんかー!

2019.5.16 轍” に対して1件のコメントがあります。

  1. 佐藤はるか より:

    5月やんかー
    から、もう9月です。
    先生、お元気ですか⁉️
    よしのちゃんやみさこちゃんと、芸大のグループラインで楽しくしています。
    そして、うちの自閉症児が夏に大阪芸大の工芸学科に合格しました。私達の後輩になります。時はくるくる回ってる感じがします笑笑
    私はまだまだ落ち着けないのかぁーなんて贅沢な悩みです。

    まだまだ残暑が厳しいですが、
    どうぞご自愛くださいませ。

    また覗きにきます〜

    1. kta4 より:

      はるかちゃん
      こんにちは。もう9月やねえ。そろそろ更新しないとね。
      いつもありがとう。元気ですよ。

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