2018.5.23 ネジを巻く

朝から雨です。
窓を少し開けると湿った白い風が、レースのカーテンをすり抜けて僕の足元に降りてきます。
今日は少し肌寒い。もうすぐ梅雨なんだね。

じっとしていても季節は移り変わり、空を巡る雲の形が変わる。
空の高さが変わり、目に映るものの影の濃さが変わる。
目を細める季節、眩しい夏が待ち遠しい。
けれど、その前に雨と一緒に心を洗え、ということか。

「ネジを巻く」ということをよく考えます。
生き方や、心持ち・・・。どうやって自分のネジを巻けば良いのだろう。
誰に向けてネジを巻けば良いのだろう。
僕自身、偉そうなことを言えた義理ではない人間だと分かっていますよ。
(ん? 言葉おかしい? ま、いいか)
でもニュースを見ていると、この人たちはいったい誰に向かってネジを巻いているんだろう、と思うことばかり。

僕たちが乗っている宇宙船地球号もネジを巻きながら回っているのだし、だから春も来れば夏も来るのだし、悲しみの裏に幸せがあるのだし、バネが切れて立ち止まったままだと、流れ去る昨日に乗ったまま消えて行くだけなのに。

自分という人間のネジは自分の手では巻けない。
だって背中にくっついているのだもの。
だから、季節に巻いてもらう、本や絵画や映画や音楽に巻いてもらう、たくさんの優しさに巻いてもらう、そして最後は自分の内側から心根で巻き終えるもの。
だから、誰に向けてそのネジを巻くかを誤ってはいけない。
巻かれたネジを自分の為に使ってはいけないんだと思う。

とても難しいし、僕もずーっと自分の為だけにネジをいっぱい巻いてきたんだろうなあ、と思う。
どこかの政治家や大学のネジは自分の為にネジを巻いているんだろうなあ。
そこを斜に見ながらも、でも一番重要なのは、他人のネジのことより、自分のネジがどこを向いて誰の為に使うべきか、見誤らないようにしなければいけないということなのでしょうね。

僕のネジは誰に向かって巻いているのだろうか。
そぞろ降る雨に、ふとそんなことを考えます。

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