2018.3.27 普通の日々

春らしくなってきました。インフルエンザ&肺炎後の体調もゆっくりですが元気になってきています。街中に咲く桜も満開。暫くは、冷たい春雷に名残惜しそうに散りゆくこともなく、晴れた青空の元で僕たちを迎えてくれそう。

先日、僕がまだ会社員だった頃の同僚から連絡が来ました。一緒にお酒を飲んだりバカ騒ぎをしたり。もちろん売り上げの予算を組んだり真面目に会社の為、社会の為に東奔西走した仲間たち。
そんな同僚、先輩たちの近況を知らせてくれました。

彼らはりっぱなおとっつあんになり、今では会社の役員など、みんな中枢を担う立場になっていました。そうかー、みんなそんな歳なんだねえ。普通に誰かの為、社会の為に頑張って来たのだものね。同僚たちの活躍ぶりに、自然と微笑んでしまい、懐かしさと、嬉しさを感じました。

そして少しの羨ましさも・・・。
それは彼らの立場や地位に対してではなく、自分も「普通」に暮らしたいという身勝手な欲求のことです。もちろん、何が「普通」なのかは、みんな違うし、それぞれがそれぞれに、悩みを抱えていることは分かっていますよ。
僕の言う「普通」とは、自分の手で触れて、自分の足で歩けて、自分の力で首を傾け、誰かをぎゅっとしてあげられること。

病気になって十年余り。やりたいこと、やらなくちゃいけないことが、ALSを発症した日を折り返し時点として、出来なくなりました。今は指一本での生活だものね。やっぱりこんな生活は好きじゃない。一日中同じ場所で同じ体勢なんて、やっぱり普通じゃないものね。

人を羨むのは好きじゃないし、自分自身を見つめて、自分自身を生きなければいけないのだけれど・・・。でも、どうしてこんな病気なんだろう。
これからももっと身体は動かなくなって行くんだろう?
もう今まで十年ほど耐えて来たじゃないか。でも、まだこの先も奪って行くのだろう?

言い知れぬ思いが胸いっぱいに拡がります。
何をしろと言われているのだろう。何かが間違っていて、何かが足りていないんだろうな。
みんなよりも間違いなく早く散ってゆく命。

カーテン越しに射しこむ春の薄ら日に、遠い青空の果てを探している。
明日は、半年後は、一年後は、どれだけのものを削られているのだろう。
ねえ、誰の為に、どうやって使えばいいんだい。

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