2018.11.28 都合

めっきり寒くなりました。透明に抜けた高い空を見上げていた頃は過ぎ去り、灰色の雲が低く拡がる季節へ向かっています。
指先が冷たい。丸めた両手にそっと唇を寄せて暖かい息をふーっと吹き入れる。それでもまだ冷たいのなら、手を繋いでポケットの中で温めてあげたい。
足元が危ない。腕を組んで陽だまりへ急ごう。

寒い季節だけれど急ぎ足で道行く人の姿を見るのが好きです。その先にそれぞれの幸せがあるから? それは分からない。
けれど、みんな誰か待っている人のところへ急いでいる。一人きりではないんだねと安心するから? それも分かりません。
でもこの季節は道行く人を眺めてしまう。自分では動けないから? ううん、違う。ただ、昔から。
そう、昔から自分を置き去りにすることで、自分を考えるということをしてきたから。

誰かが家路を急ぐ姿をじっと黙って見ていたい。でも、もうそういう自分勝手な我がままが言える状態ではありませんね。自分一人では動けないんだもの。
何かが出来なくなると、その分以上にどなたかにお願いすることが増えていきます。どんどん出来ることが減ってきて、どんどん誰かの手を借りることが増えて行く。
生活や暮らしのほとんどのことを誰かに手伝って貰わないと生きられない、ということの本当の意味が分かってくると、なるほど、自分の意思でベンチに腰かけて行き交う人々を見ていた風景とは違う、全然別の景色の中にいることに気付かされます。

一人きりで風景を眺めているということは一緒なのに、肌や身体に感じるものが全然違う。
昔は行き交う人たちと同じように凍え、寒さを感じ、冷たい指に息を吹きかけ、オレンジ色の街灯を同じように見上げていた、同じ空気を吸っていたのに。
今は同じ世界にはいない。誰も居ない古びた映画館で、たった一人で道行く人たちの映像をみているみたい。スクリーンの向こう側には決して行けず、そして、誰もこちら側の空席に座る人はいない。
望郷なのか、懐古なのか。ううん、そんなに冷静じゃない。欲望や、失意、といった情をコントロールできないだけ。「都合」という自分の醜さ。そのことは分かっている。

ALSという病気そのものに対峙する気持ちだけでなく、もう一つ別モノとして対峙しなくちゃいけない気持ちの置き場所がだんだん分からなくなってきました。
昔のブログにも書きましたが、介護される側より、介護する側の人たちの方がずっと苦しくて辛いんだろうなと。休むことも笑う暇もないのだから。
だから、僕が居なくなれば、誰かの優しい手は休められるのに、そうでなくてもその手を待ち侘びている別の方に使えるのに、とも書きました。それは本心だしその気持ちは変わらない。

進行する病に動かなくなってゆく身体に、気持ちを合わせることはとても大変で、今でも一切納得も向き合うことも出来ず、無念な毎日だけれど。
加えて、毎日を生き延びる為に、誰かの手を借りるということにとても苦しみを感じます。
自分の都合で何一つもできないのに、自分の都合でお願いをする。助けて下さる方の都合でしかコトは進まないのに、叶わぬことを誰かの都合のせいにする。
着替えも、歯ブラシも、トイレだって、食事だって、お茶一杯飲むことも、手伝ってくださる方の気持ちややり方やペースだって、それぞれの方の都合があるのに、僕は自分の都合でそれを拒んだりする。
待つことしかできないのに、時間はまだ自分の都合で動かせるものと思っている。

何に不満があるんだい? 分からない。
感謝しているんだろう? うん、それは本当にそう思ってる。
自分ができないことを手伝っていただくことが、こんなにも苦しいなんて。感謝以外に迷うべくもない気持ちが、どうして苦しいのだろう。

いつか、僕の「都合」は捨てられるのだろうか。捨て去ることがこの病気と付き合う「合鍵」なのだから。

末尾ですが映画を一本ご紹介します。

Mommy

Mommy

<Mommy/マミー>
グザビエ・ドラン監督作品。
彼の作品はずーっと紹介したくて、今回じゃなくて、もっと前向きな気持ちの時にちゃんとご紹介しようと思っていたのですが、いつになることやら。
制作順に「マイ・マザー」から観て頂きたいのですけれど。
ま、解説無しで。「Mommy/マミー」ご覧ください。

2018.11.28 都合” に対して1件のコメントがあります。

  1. 和泉 淳 (旧姓 吉野) より:

    鎌田先生、すっかりとご無沙汰しております。
    吉野です。先日はるかちゃんとラインで繋がることができ、鎌田先生が闘病中である事とこちらのブログの事を教えてもらい、ブログも読ませていただきました。涙でなかなか読み進める事が出来ず、こちらに書き込むのにも時間を要してしまいました。
    それで読んでいると、アトリエ時代にご指導
    、いつも前向きに励ましてアドバイスしてくれていた事が次から次へと思い出されました。
    あの時はほんとうにありがとうございました。
    また、こうして鎌田先生と繋がる事が出来てとても嬉しいです。

    1. kta4 より:

      よしの~!
      連絡ありがとう。ひさしぶりどころか数十年ぶりで呼び捨ても失礼なハナシだけれど。それも旧姓で!
      ごめんなさい。でもね、思い出すのはあの人懐っこいよしのだからねえ。
      アトリエ時代はこちらもたくさん学ばせてもらったよ。ありがとう。楽しかったね。
      まだ繋がっているよ。また連絡くださいな。

      1. 和泉淳 (よしの) より:

        返信ありがとうございます!
        お体の具合はいかがですか?
        よしの〜!と呼んでもらい、数十年を一気に飛び越えました!再会できて嬉しいです!また、こちらの近況などもお知らせしたいのでメールアドレスやご住所も教えてもらえますか?

        1. kta4 より:

          こんにちは。
          メアドや住所など連絡しますね。

  2. 佐藤はるか より:

    鎌田先生、このブログから時が経ってますが、
    どうされてますか⁉️
    お加減いかがですか⁉️

    先日面白いことがあって、そこからみさこちゃんとよしのちゃんと30年以上ぶりに連絡を取ることができました。
    懐かしくて。
    写真も見せてもらったら、2人とも変わらなく美しく歳を重ねていました。
    その時はたくさん話せなかったけど、先生のことは知らなかったようなので、少しお話しして、このブログを紹介しました。
    もしかしたら何かコンタクトがあるかもしれません。
    今回はそのお知らせだけ❤️
    いつも気にしてブログをチェックしています。

    1. kta4 より:

      はるかちゃん、こんにちは。随分とご無沙汰してすみません。
      ブログはサボっているだけで元気です。
      指が動かしにくいのと呼吸苦は増えたけれど。でも元気ですよ。
      みさこやよしのと話せたんですね。よかったです。
      僕も30年以上会ってないものね。
      みんな元気で何より。またブログ更新しますね。

  3. ゆみ より:

    お初にお目にかかります。
    私はアナログが好きなので、あまりインターネットは活用しません。
    ただ、貴方の言葉に何故か魅かれるのです。
    以前から気になって遠くからエールを送っておりました。
    現在は、どのように過ごしているのでしょうか?
    健やかに穏やかに暮らしておりますようにと、願っております。

    1. kta4 より:

      ゆみさん。初めまして。
      わざわざお便りありがとうございました。
      お蔭様で無事に問題もなく、変わらず暮らしております。
      ちょっとだけ疲れ気味でブログの更新をサボっております。
      ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。
      また勝手なひとりごとを書きましたならお叱りにお越しください。
      どうもありがとうございました。

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