2015.8.20 白い霧

朝もやの中へ入るのが好きでした。
夏の朝、いつもより早くに目が覚めると、もう空は薄明るくなっていて、まだ誰も居ない外の世界にそっと足を踏み入れる。足元には薄っすらともやが立ち込めていて、何も聞こえない静寂の中へ、少し肌寒い張り詰めた空気の中へ、その小さな水の塊の中へ自分の姿を同化させてゆく。ゆっくりと静かに拡がる白い霧は僕の膝から腰まで登ってきて、肩や顔を覆い、やがては僕の存在を吞み込んでしまう。
子供だった頃の記憶。朝もやの中で静かに湿ってゆく感覚が好きでした。その感覚はまだ覚えている。

病気になってからは自由きままには出掛けられなくなりましたが、森は、夜が明けて朝を迎えるときに、朝もやがまるで生き物のように、枝や幹を巡るのです。
本当に漆黒の闇から、少しずつ木々の影が浮かび上がってきたとき、その木立の中を縫うように朝もやが拡がってゆくのです。膝の高さで消えてしまうときもあれば、自分の背丈も追い越して森全体を吞み込んでしまうときもある。
その中は真っ白でほんの先の自分の手も見えない。少しひんやりとして心細いけれど、でもそこは自分だけの空間。自分の心だけしか見えない世界。

ゆっくりと腰を下ろし、慌てずに心の底へ降りて行く。そして目を閉じ、じっと耳を澄ませる。やがて淋しさは消えてゆき何か温かいものを感じて、心の底にうずくまったまま、遥か高みへ顔を上げる。
朝陽は森のベールを融かし、僕は逃げてゆく白い霧の中から濡れた緑色の葉っぱを見つける。仰ぐ空からは木洩れ日が僕を射す。僕はその何か温かいものの意味を知る。

夏も半分過ぎました。蜩の鳴く声も増えましたね。もう少し夏を感じていたい。何だか淋しい。
どうしてみんな先を急ぐのだろう。今生きる人の地位や名誉なんて未来の子供たちには何の意味も為さないのに。僕たちは今を生かされている。先人の知恵の上に、悲しみの上に。僕たちはその歴史の続きを書かせて貰っているに過ぎない。未来なんて作れない。それは、ささやかな今を見間違わずに綴って行った先にしか存在しないのに。
今隣にいる人を守ることの積み重ねが未来をつくるのに、何故先を急ぐのだろう。

また一段と指は動かなくなってきています。今触れているものを明日は触れないかも知れない。今を生きることにも涙がこぼれ落ちそうです。
夏は夜明けが早い。みんなも朝もやの中へ入ればいいのに。たった一人きりの静寂の世界がやがて明るくなり、鳥や虫たちが目を覚まし、モノトーンの景色が色鮮やかな世界に変わってゆく。うずくまっている誰かの手をとり、お尻に付いた土を払ってあげたい。

でもね、僕の手はもうあまり動かない。何だかなー。うーん、ささやかな今を積み重ねるしかないか。
そうだ、昨年発表した、「壁掛け時計」を作る件。もう夏になっちゃいましたねー。でも実は文字盤のイラストは1月に完成しているのです。ただ、それを板に貼り、時計の針を付ける作業が出来ていなくて。日々、ヘルパーさんは忙しく、なかなかそこまではお願い出来なくて・・・。いつになるか分からないので完成したイラストだけご紹介します。指が元気だった頃に描いたものも、今の弱い力で描いたものも、積み重ねて作りました。
いつか時を刻むようになればいいな、と思います。

壁掛け時計イラスト

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