2015.12.23 冬の景色

すっかり冬です。毎日灰色の空が増えました。雲の隙間に時おり覗く青空が待ち遠しい。すぐに逃げていってしまいそうなその光をずっと目で追ったりします。
夕焼けの雲は、空の赤と青が入れ変わって何処かへ帰って行きます。遠き夢、見果てぬ夢は、案外、自分の心が帰るところに隠れているのかも知れません。
一歩も踏み出さないと、夢さえ見つからない。けれど、憧れや望みは、ずっと歩いて行く自分の歴史の先に必ず存在する。

特に新しいものが欲しかった訳じゃないんですけれど、携帯電話を変えました。電話番号もメールアドレスも変更はありません。今まで通りです。
ただ、もう指の力が無くて。スマホの画面をタップしたりフリックする操作も、う~ん、反応しなーい、動かな~い、ということが増えてきまして。万一の緊急コールの意味合いも含めて音声認識を中心に機種を新しくしました。

緊急コールは必須ですものね。既に部屋や車椅子に緊急コールのボタンをいくつか付けていますが、そこに手が届かなければ意味がありませんし、届いてもボタンを押す力が無いとねぇ。音声認識は、「ナースへ電話して」と言えば電話を掛けてくれるので、まあ有効です。呼吸器のせいで滑舌が悪いので、時々「茄子?」とか「出す?」とか聞き返されますけれど。もーばかちん!

あまり身体の症状のことではなく、生活感や暮らしぶりといった、病気以外の部分を文字にすることには抵抗がありますが、記録として残すことは必要ですし、少し動線と言いますか作業域について書きます。

このブログは特別にあつらえた福祉装具を付けたPCで作っています。もう普通に手や腕は動かないので、うーん、イメージは100円玉位かな、そんな小さくて軽い力で押せるボタンを4~5ヶ作って、マウスのカーソルや右クリック、左クリックなどの機能を各々のボタンに割り当てて、そのボタンと、十字に動くジョイスティックみたいな小さなレバーを、全部テーブルの裏側に貼り付けて・・・。
そこに車椅子で向かい、両腿の上に手を乗せて、まだ動かせる指1~2本を使って、テーブルの裏側に付いているボタンをぽちぽち押して文字を打っています。読み返すとあっという間の記事も何日間も掛けて打っています。なのでブログの更新が時々で、書きかけの記事を書き足すので、うーんと長くなっちゃうのでしょうねえ。 え?言い訳? いやはや、すみません。サボっているだけです。

追い掛けても雲は散りぢりになって消えて行きます。それでもどこか懐かしくて、ずっと見ていたいのは何故なんだろう。
長い旅の途中で振り返る付箋は、たくさん貼った方が良いような気がします。想い出をたくさん抱えて、何一つ忘れることなく、後悔や痛みさえもしっかりとポケットに詰め込んで歩いて行かなければなりません。どうしたって時間は戻らないのだし、誰かの軌跡や夢を羨んでみても、それは僕のものではないんだし。

テーブルの端っこには、久し振りにガーデンシクラメンが咲いています。小さく揺れる花の向こうには窓越しの寒空が見えます。いつか頬杖をついて見ていた風景と同じ。もう手はその頃と同じようには動かなくなったけれど、僕の好きな冬の風景です。そしてずっと先の未来でもきっと大好きな風景。
自分の轍(わだち)の上にしか、自分らしさは作られないのでしょう?
息苦しくて動かぬ身体を憂うことは明日への一歩か。
それが僕の旅だというのなら、それも道標となりますように。

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