2015.10.3 知恵の輪

ここ数日は晴れたり雨だったり。一雨ごとに季節は移り変わり、もう秋はそこまで忍び寄って来ています。毎日は決して同じことの繰り返しではなく、今日が過ぎ去れば、きっと明日こそはと、次に出会う一日を楽しみに、人は目を閉じる。

この頃は淋しくて淋しくて仕方がありません。また心の置き処が見つからない。窓にしがみついている雫みたいに、ずーっと何かに触れていたい気分です。心を引っ掛ける部分を見失ったような、そんな感じです。最近多いなー。あ、でも大丈夫、僕は元気です。

つくづくALSって面白いなと思います、もちろん皮肉を込めてですが。何だかロシア文学や哲学本を読んでいる様。考えても考えても問題はどんどん複雑に絡まっていき、心の中に題名や付箋を貼らないと、自分がどっちを向いているのか、すぐ分からなくなってしまう。決して外れない知恵の輪をやり続けているみたいです。外し方を探れば探るほど、次から次に絡まってくる。
時々、頭や心を空っぽにしようとします。でも知恵の輪はいつも僕の傍に落ちていて、僕はその飽きた玩具を捨てることができない。

淋しい、という感覚は、たぶん、「もっと話がしたい」、というようなことなんです。的確な言葉ではありませんが、きっと。
巡り会い、そしてサヨウナラ。その繰り返しなのでしょうから、出来ることもあれば出来なくなることも当たり前なのですけれど。諸行無常か。流転か。
ようやくこの症状に慣れてきたのに、あれ、これってこんなに出来なかったっけ?と、すぐに新しく出来なることがやってくるので、気持ちが追いついて行かないのです。一年や半年スパンなら心の準備もねえ。こういろいろ急に来てもらってもねー。

人との縁は尚更。僕自身、出来ていたことが次々想い出に変わってゆくことが悔しい。なので動いていた僕を知って覚えていてくれる人がいる、ということが僕を救ってくれています。僕もその縁をずっと覚えています。
生きることに、何の疑いも持たず、何のためらいもなく、ただ目の前の光に走っていた頃と、今は違う。いつか誰もがまばらになってゆくのなら、もっと覚えていよう。そう思います。胸を締め付ける想いや、ロープウェイからの景色を覚えているように。

雨の跡が残る窓に映る自分は、昨日の自分とどこが違うのだろう。ALSは、僕に何を訴えているのだろう。いったい僕に何に気づけ!と語っているのだろう。
先日、10円ハゲ2号が発見されました。まだ1号治ってないのに!
む~ん。知恵の輪めー!

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