2014.6.17 あなたは何色ですか

梅雨真っ盛り、小道の脇に咲く紫陽花はキレイ。薄紫色や淡いピンク、白やまだまだ緑色のものまで、見ていて楽しい。でもこう毎日雨でじっとり、晴れてぐったりだと、外出も億劫で・・・。

僕は昔から人に頼ることが下手で、なるべくなら自分の悩みは自分で解決したい。誰かの相談には喜んでのってあげたいけれど、自分のことで他人に頼ることはあまり好きじゃない。結局は自分で答えをだすしかないのだから、と。
ま、いい格好しいのただのわがままな性格なのでしょうね。
でも、この病気はどなたかの力を借りないと立ち行かないことがどんどん増えてくる・・・。

先日から、お昼の食事介助にもヘルパーさんに来て頂くことになりました。スプーンやフォークを持つことが出来なくなってきたので、お昼は頑張って両手で軽い小さなパンを掴んでそれに口を近づけて食べていたのですが、その小さなパンも両手から落っことしてしまう始末。
なんだかなー。こういう暮らしに僕は心の整理がつきません。何て言えばいいのでしょうか、手伝って下さる方がいて、その方々が僕の為にしてくれることを、素直に有難く受け取ればいいのだと分かっているのですけれどね。
パンとかじゃなくて、もっとちゃんとしたもの作ってあげるから頼ってくれて良いのよ、と言われます。
でもね、やっぱり遠慮しますし、そんな気を遣わずにどんどん我がまま言ってくれていいのよ、といわれても・・・。うーむ、うーむ。

遠慮とか、その反対側に位置する、我がままとか、そういう人の行動の仕方や心の持ち方などといった、そんなくくりの話ではないのです。
上手く言えませんが、胸の奥の「気持ち」の部分がずーっとゴニョゴニョしています。
パンを食べさせてもらうことに遠慮しているのではなく、もっとちゃんとしたものが食べたいのに我慢している、ということではなくて、たかだかパンをかじることすらも自分でできないのか、と。それ程のことにも誰かの手を借りなければならないのかと。

僕は誰かのためではなく、自分を知るためにこのブログを始めました。まぶたひとつも動かせなくなり自分の意思や気持ちを全く外部へ伝えられなくなることが怖くて仕方がない。ならば、ましてやその真っ暗な世界へ閉じ込められるまでの時間をも、ALSの患者は自分とどうやって向き合ってゆくのか、その記録を残そうと。自分の轍(わだち)を見てみたいと。
やっぱり僕は根性がないな。小さいころからちっとも変わっていない。誰かを励ましてあげる言葉はいくらでも思いつくのに、自分を救い上げる言葉はひとつも思い浮かばない。

この病気を受け入れたことは一度もありません。向き合って少しずつひとつずつ理解はしていっているつもりですが、一回たりとも納得なんてしていない。
誰かの手を煩わせ、誰かの時間を頂き、自分の世話をお願いする。
その時間がどんどん、たくさんたくさん増えてくる。その優しさを素直に受け取ればいいのよ、と言ってくれるけれど・・・。

でも、そうはなかなか思えない。自分自身の力で出来ることがなくなり、どなたかの力を借りなければならないことが増えて来る。
僕が居なければ、その優しさは、隣の誰かに回せるじゃないか。隣の誰かに使わないときは、その手を休ませることができるでしょう。
上手く言えなくてすみません。

僕のこころに咲く紫陽花は何色なんだろう。こころのかたちが花びらの色になるのなら、何色なのだろう。

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