2014.4.29 すぐそこにあるいつか

すっかりG.Wになっちゃいました。このペースだとブログの更新は1年に2~3回という感じですね。う~む、淋しい。がんばらねば。

たまーに更新するだけなので記事の内容がさほど変わっていなくてすみません。なんだかいつも腕が辛い、PC操作が辛い、ばかり書いていますものね。
過去の記事を時々読み返すのですが、うーん、やっぱりここ数年は腕の不便さを訴えていることが多いです。記事が少なすぎるのもありますけれど・・・。

なんでしょうね、もっとオリンピックのことや、桜のことや、ゴーストライターや、科学のことなど、言いたいことはたくさんあったのですが、どんどん機会を逸してしまって・・・。
ま、僕が思うことなんてどうでもいいことなんですけれど。

でも、ニュースの移り気というか、変わり身というか、あんまり好きじゃないです。
もう少し待てないものでしょうか? 世の中のあらゆる物が早く便利になってゆくことはそれとしても、感情や思いやりも一緒に短くなっているみたいで・・・。

ニュースなんて、まるで犯人探しばかりだし、結論をゆっくり待ってあげようなんて優しさは微塵も感じない。
昨日知ったニュースと、今日知るニュースと、明日知らされるニュースと、真新しいものだけを選んでいるみたいに思えて。最後までちゃんと聞いたことがない。

まるでレストランのメニューだけを毎日見せられているよう。どんな料理なのか、どんな味なのか伺う前に、「こちらが新作です」と言われているみたい。「え、また新作?」そんな感じです。
なので、それを見せられる人も知らないうちに同じベクトルに乗せられちゃうのでしょうか。「あの人ぜったい悪いよ」、「あの研究は嘘だったのね」などと、まるで最初から悪者扱い。

僕はそういう考え方が嫌いで、人の善し悪しや、事の善し悪しなんて、最終的な結論がでてからじゃないと到底判断できないのに、なんだか周りの勢いや、ゲームをする感覚で結論を出しているみたい。それも、全部攻撃ばかり。自分は名乗らず壁に隠れて。何だかなー。もっと待ってあげればいいのに。
早くて便利なものは、あくまでもツールであって、それをゆっくり生きる為につかわないとね。

昔は携帯もなかったので、デートの待ち合わせも随分と待ちましたよね。ずっと本読んでた。今はメールもあるし、相手とはすぐ連絡が取れるのに、ずっと待たないものね。
気持ちも早くなっちゃったのかしらね。

すべてを「のんびり」にしなさい、なんて言わないけれど、自分の思考の時間はもっと「のんびり」にして欲しい。タクシーでビューっとカフェに行って、ニュースや時事もスマホで読んで、友人との連絡や約束もチャチャチャっと出来るんだから、自分の為の時間を余らせて、はらはら落ちる葉っぱを見ながらコーヒーの香りくらい楽しめるでしょう。
「いい空だな、俺、どこにむかっているのだろうなあ」
そんな人が増えたら、恥ずかしい犯人探しなんて減るのでしょうね。

いやはや、たまに書くブログがまた変な方へいっちゃいました・・・。
だってゆっくり考えたいのですよ。どんどん動かなくなってきた身体に、僕はどう向き合えばいいのでしょうか? いつかそうなる、と知って想像していたことが、遠いいつか、ではなく、目の前に落ちてきたすぐそこにあるいつか、なら・・・。
僕の腕は随分と随分と動かなくなりました。まったく動かなくなる日はそう遠くはないでしょう。怖くて仕方ありません。

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