2014.2.1 轍(わだち)

遅ればせながら・・・、今年もよろしくお願いいたします。
新年を迎え志しも新たに・・・、などと考えていたのに、うーむ、去年と何ら変わらぬ怠惰で稚拙な毎日を送っています。いかん、いかん。もう2月やん。

一年を365ヶに区切って生きているわけでもなくて、一年なんて10,000日あってもいい、くらいに思っている僕ですが、それでも、ふと自分の轍(わだち)を振り返り、でこぼことして細く曲がった小径をぼんやりと眺め、また回れ右して、これから歩いて往く真っ平らな大地に目を細めると・・・。

うーん、いつも反省します。今年もしかり。目の前には無限の真っ白な大地が拡がっているはずなのに、その大切なものには目もくれず、自分の轍(わだち)の隣に並ぶ、誰かの作った真っ直ぐ綺麗な軌跡を羨んでしまう。
たった一度きりの人生、などと耳にします。たった一回しかないのだからね、と。でもそれは、人生にはたった一本しか進む道がない、ということではないのですよね。でも、勘違いしちゃう。

何だろう?
人生って、同じ絵を何回も塗りなおせる塗り絵みたいなものなのでしょうけれど、自分の塗った絵より、隣の見知らぬ誰かが描いた絵が気になっちゃう。自分の絵はまた塗りなおせるのに、そうはしない。ここにブルーを塗ったのは自分だから、この絵が自分自身なのだ、与えられた運命を認めるのだ、なんて諦めちゃう。

目の前に流れる川に例えれば気付くかしら。遠くの山から一滴の雪解け水が湧き出て、やがて小川となり、いつか大河となって遥か彼方の海へ辿りつく。
川は一本ですけれど、絶えず流れる河の水は何ひとつ同じものはなく、どれひとつ留まることもなく流れてゆく。そこに帽子を投げ込めば、当然沈んじゃうけれど、でもどこかの堰でまた顔をだす。裏返ったりするけれど、ちゃんと海まで流れてゆく。川はひとつでも、海までの辿りつき方はきっとたくさんある。その無限な轍(わだち)は僕にもわからない。

うーむむむ、難しいことはわかりませんが、人を羨むな、と言いたいわけではないのです。そんなに良い人にはなれない。自分の人生もそんなに悪くないよ、と言いたいわけでもありません。そんなに我慢強くない。羨ましがったり嘆きながら、でもしっかりと前を向ける、そんな風にうまく自分をコントロールできないでしょうか・・・。

振り返った轍(わだち)に自信を持てれば良いけれど、そうでなくても後悔しながらでも、目指す未来は自分の歩んできた轍(わだち)の延長線上にしかつくれないものだとしたら。
きれいごとではなく、振り返り振り返り、歩いてゆくのがいいみたい。

いつもいつも、前だけを見てしっかり歩いて行こう、みたいに言葉や文字にするけれど、今年は振り返りながら歩いてみたいと思います。
知らずの内に、あら、こんなところまで辿り着いちゃったね、と思えたらそれでいい。

今回も前回の〈White Mane〉同様BGMを貼りましょう
いつも僕の長くクドい文章にお付き合いくださってありがとうございます
よろしかったらどうぞ
〈遠雷:T-SQUARE〉♪
(よそ様のYou Tube拝借してすみません)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください