2014.11.6 道標

久し振りのブログ更新ですが、今回は自戒といいますか猛省といいますか、本当にひとりごとを書こうと思っています。とてつもなく長くなると思いますが、僕自身今回をスルーしていつものブログには戻れない気がして。
なので、みなさん、今回も読んでくださるのでしたら、ざっくり斜め読みでパスしてください。絶対長くて疲れますから。どうでもいいことですね。でもこの記録は残さないといけないのです。

先日まで風邪をこじらせて若干肺炎を患っていました。少しずつ回復し久し振りにブログの更新も出来るまでに戻ってきましたが、それはそれは沢山の方々にご迷惑をお掛けしました。
我がままな僕はどうしても入院したくなかったので、自宅が野戦病院みたいになっていました。あらゆる医療機器が所狭しと並べられ、訪問の先生も看護師さんもヘルパーさんもフル稼働で、朝から夜中までどなたかが必ず診てくださる、そんな体制で治してくださいました。
入院するほどの症状を自宅で治すというのは、これはもう先生やナースさんにすれば、大変な話ですよね。自宅だと付きっ切りは不可能で必ず目を離す時間帯ができますものね。それはそれは凄い毎日でした。
先生、看護師さん、ケアマネさん、そしてヘルパーさん、本当にお世話になりました。どうもありがとうございました。

でも今日ブログに書こうと思ったのは僕の治療日記ではありません。病気を患い、多くの人の手を煩わせた中でいろいろと考えました。その中で、あまりにも僕は自分の愚かさと弱さに気付かされたので、ちゃんと言葉に残し、ときどき読み返さなければいけない、と思ったからなのです。自戒と猛省の記録です。

いつかのブログにこんなことを書きました。
人と人との繋がりは円と円が交わったときに出来る「集合」の部分で繋がっているのではなく、実は、球体と球体との交わりで出来ているのだと。なので、自分が疲れたり会いたくない人に出会ったら、円だと反対側にくるりと回って人との繋がりから逃げることが出来るけれど、球体は上にも下にも回るから、自分が隠れたつもりでもすぐに誰かと接してしまう。だから自分の知らないところで誰かを傷つけているかも知れないし、自分の知らない望まない内に誰かに傷つけられているかも知れない、と。
もちろん球体は丸く滑らかなものばかりではなくトゲトゲのものもあるから、自分が良かれと思ったことも、或る誰かにはトゲトゲで苦痛でしかないこともある、と。

今回、ずーっとベッドに横になって天井ばかり見ていました。動かせるのは左手の指くらいで、ベッドの背もたれを上げ下げしたりするリモコンをずっと握り締めていました。
まるで何かにすがるようでした。いや、確かに怖がっていました。ALSのせいもあるのでしょうけれど、熱もあり全身に力が入らなかった僕はずっとベッドのリモコンに指を乗せていました。寝たきりになるということはこういうことなのか。でもまだ指は動かせる。まだ押せる。まだ僕はこちら側に居る。そう思いたかったのです。

治療は本当に大変なものでした。僕がまだまだこちらの世界に居たいと思うのと同じように、皆さんは絶対に肺炎を重篤化させないようにと頑張ってくださいました。きっと先生やナースさんやヘルパーさんは、毎日僕のところへ来る理由など考えたりはしなかったでしょう。
善や悪や得や損などの「頭で計算する」という行為ではなく、自分の「心が揺さぶり」、自分の手が動くがままに、僕を助けたいという一心で来てくれたのでしょう。

僕は白い天井を見つめながら、僕たったひとりを生かす為に、こんなにもたくさんの人が必要なのか、人一人を助けるためにはこんなにもたくさんの愛が必要なのかと、そんなことばかり考えていました。

僕自身とは、いったい何なのだろうか。僕の存在とは、どんな球体で、誰と誰の間に浮かんでいて、どんな繋がり方をしていたのだろう。今まで誰かを救ったということは本当にあったのだろうか・・・。
生きることの意味は分からない。けれど、僕は自分ひとりでは自分の命を救えなかった。これは事実です。

肺炎が落ち着いてきた頃、誰よりも僕の表情や気持ちを深く感じ取り、苦しむ僕に今何が一番必要なのかを一所懸命、それも完璧に尽くしてくれたナースさんに、僕は心無い言葉を浴びせました。誰よりも一番信用していて一番信頼していた人なのに。
その方だから言えた、ということもあったかも知れない。でも、その方が何かをした、ということではなく、そのとき僕が辛かったからで、僕が弱かったからで、他の事でイライラしていた僕の感情を、一番信頼している人にぶつけたのです。僕側の勝手な理由だけで・・・。そのナースさんを酷く傷つけてしまいました。

幼い頃、目に見えない巨大な世界の中で、小さな歯車になることが嫌でした。背中しか見えない人たちの中で自分の顔も忘れて生きる大人にはなりたくないと思っていました。

大好きなヘルパーさんに、ALSという病気の未来を嘆いたことがあります。そのヘルパーさんには決して背負わせてはいけないことなのに。だんだん動かなくなってゆく身体の不安を僕は自分の都合だけで、自分が救われたいだけの理由でヘルパーさんに話し続けました・・・。

ずーっとブログを書いてきました。
瞼を動かせなくなり真っ暗な世界に連れて行かれるまで、いったいALSの患者は何を感じ、何を考え、どうやってこの病気を受け入れて行くかを知りたい。その過程の本がないなら、自分で記録を残そうと。
随分と書いてきました。少しは僕自身、ちゃんとした大人になれるのなら、そうも思っていました。
でも、いまだに幼い頃のままです。今日のこの日になってもまだこんなにも人を傷つける。背負わせてはいけないものまで背負わせてしまう。

幼い頃に嫌いだった大人の世界。歯車にはなるまいと思っていた僕は、誰かと誰かが争うのが嫌いで、ならば、歯車じゃなくみんなが滑らかに回る潤滑油になろうと、いつからかそう思うようになりました。大学のクラブでだって、社会人になってからも。ましてやALSになってからは尚更のこと。
でも、歯車どころか、その潤滑油にさえもなれてないじゃないか。このブログも結局はそういうことか。自分の弱さを知って欲しい、よしよしと頭を撫でて欲しかっただけじゃないのか。僕は自分のマスターベーションの為に誰かを傷つけたり重いものを背負わせてばかりいたんじゃないのか。

このブログを読んでくださる方はいつも僕に優しい。自宅に来てくださる先生やナースさんやヘルパーさんはいつもどんな時も優しい。
肺炎を患い命を救って頂いたのに、僕はいったい何をしているのだろう。

一雨ごとに季節は冬へ向かってゆくみたい。またおセンチな季節がやってきます。自分が吐く白い息はいったいどこまで届くのだろうか。高い空へ届くことも無く目の前で向きを変えていったいどこへ消えてゆくのだろう。

秋が足早に去ってゆきます。落ちて行くのは枯葉だけでいい。誰かの心を落としてはいけない。誰かの涙を落とさせてはいけない。
自分が吐く白い息はいったいどこまで届くのだろう。一人ぼっちの誰かが居ても、今の僕の息は、その人まで決して届かない。暖めてあげることは出来ない。
いつか、僕の吐く息もその人の肩にそっと触れてあげられるほどまで届くのだろうか。
今回のことは忘れはしない。僕の轍(わだち)にしっかりと道標を立てます。

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