2012.11.26 消耗と混沌と充電と 3-1

今日は雨です。朝からしっとりとひっそりと。そっと夜を迎えた今になっても降り続いています。
「消耗と混沌と充電と」と題しての最後は「混沌」について。
というか、このテーマは難しいので次回にちゃんと書きます。今回はそのプロローグと言いますか、プチ「混沌」として。ん? はははっ、どうでもいいことですね。

DVDを借りて見ます。何本かまとめてワーっと見るときもあれば、借りっぱなしで全然見ないときもあります。見た時期や順番は前後しますけれど、少しむむむっと思ったものをご紹介します。

リミット
「リミット」という作品で今日の戦時下では現実に起こっている物語。イラクで働くアメリカ人が突然何者かの襲撃に遭い、彼がつぎに目を覚ました場所は地中に埋められた棺型の狭い箱の中だったというお話し。刻一刻と酸素がなくなっていく極限状況の中、電池切れ間近の携帯電話で懸命に救助を求めようとする主人公ですが…。

サンクタム
次は「サンクタム」。神秘的な未開の洞窟を探検中に脱出口が埋まり、果たして、自然の驚異や偶発的な極限状態から生きてでられるのか。他人と自分、父と息子、死を目の前にして人はどう考える、みたいなお話しです。

127時間
「127時間」。大自然の峡谷をハイクやトラッキングをして楽しんでいた主人公が、ほんの些細なアクシデントから細い隙間に落ちてしまい、身動きのとれない絶体絶命の窮地に陥るというお話し。肉体と精神の極限から奇跡の生還を果たすまでの過酷な道のりを描き出す物語。

ま、僕は評論家でもないですし、映画は必ず何かのメッセージを発さなければダメだとか、その何かを感じ取るのだ、などと思いませんし、好きなように見て、それだけでいいと思っているのですが。
でも、上記の三作品には共通項がありまして、つまり、どれも人の生死の極限状態での行動や心理が描かれているのですね。

僕は迷ってしまって・・・。映画だからなのか、それが人間、いや、引いてはすべての生き物の本来の姿なのか、どうお伝えすればいいのか、どの作品もどの主人公も、決して「生」を諦めない。「死」を望まない。
本能だから? うーむ、ならば、その本能を知りたい。

PCを打つのがつらい。フォークが重い。飲み物はすべてコップにストローを挿して・・・。こんなことが楽しいはずがない。息が苦しい。生きる為に最低限必要なただ普通に呼吸をする、ということもままならないなんて。
生と死をよく考えます。毎日毎日、動かない指を感じて考えます。僕の前にある明日とは何なのだろう?
今も辛いのに、真っ暗な暗闇で一人ぼっちで、僕はいったい何を望むのだろう。

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