2011.5.6 鯉のぼり

GWが過ぎましたね。みなさんどこかへお出掛けになられましたか?
今年はあまり鯉のぼりを見ませんでした。昔はどの家にも泳いでいました。子供だった僕は、首が痛くなるほど反りかえり、遥か高い空の中で、ぐわんぐわんと風に揺れる鯉のぼりを眺めていました。青い青い空はまるで大海原のようでした。そのとき僕は、まだ見ぬ自分の未来を、この空よりももっと広く、この海よりももっと深い無限大のように感じていました。未来にはどんな楽しいことが待っているのだろう。

阿吽の呼吸とか言いますけれど、自分以外の人やものの気持ちはどこまで分かってあげられているのだろう。そして、どこまで自分の気持ちを伝えきれているのだろう。何語がいいのだろう。日本語で事足りる? 普通に今知りうる言葉ですべてを分かってあげられるのだろうか。言葉を重ねれば思いは必ず伝わるのだろうか。
思いを伝えたくて泣きながら話したこともあったけれど、きっとすべては伝えきれていなかったよね。すべてを受け入れてあげようと思ったけれど、全然理解していなかったのだろうね。自分を愛すると同じくらいに、誰かを愛することはできただろうか。

空はたった一つしかないのに、その下で生きる僕たちの想いはなかなか重ならない。どんなに頑張っても涙を流す日がくる。そんな日なんて欲しくはないのに、あたたかさだけでは救えないことばかり。どうやって思いを汲んであげたらいいのだろう。
言葉は足りない。今日まで知りえた言葉では、きっと足りない。言葉ではなく、文字ではなく、どうやったら思いは届くのだろう。どうやったら分かってあげられるのだろう。それは、どこから聞こえてくるのだろう。どこからこの胸の中へ届くのだろう。きっと、それは、命とか、時間を越えて、未来永劫、語り続けてくれるのかも知れない。疲れて転びそうになって、自分の轍(わだち)を振り返ったときに、そっと聞こえてくるのだろう。あなたは一人じゃないのだよと。永遠に。
言葉じゃきっと足りない。もっと大事なことがある。ずっと見守り続けること。ずっと思い続けること。

五月の空が大好きです。緑の風は空をぐるっと回っておとうさん鯉のぼりを揺らす。その下で見守られるように子供の鯉のぼりが泳いでいる。そんな景色がずっとみられますように。

(大野さん、初めまして。こんなところからすみません。時々覗きにいらしてください。いろいろお叱り頂けると幸いです。今後ともよろしくお願い致します)

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