2011.4.5 入学式

この国には季節があって、その移り行く姿を僕たちはちゃんと感じることができる。誰かに教えられたわけではなくて、自分自身でちゃんと感じてきたものだから、めぐり巡る新しい光を心から待ち望むことができる。誰かに教えられたわけじゃなくて、自分自身で感じた匂いや明るさを知っているから、だからその優しい季節に救いを求めることができる。新しい季節は悲しいものではなく、すべてのものに命を与えてくれるものだと知っているから。それは自分で感じてきたこと。自分が経験して知り得たこと。

何回もこのブログに書いたことですが、やっぱり振り子の原理というものはあって、悲しみに振れた振り子は、必ず幸せの方向へ振り戻ります。いっぱい悲しみに振れたほど、大きく幸せ側に振り子は振れる。悲しみや絶望に振り切ったままの振り子なんてあり得ない。必ず幸せ側に針は振れるのです。
今は空を仰ぐことなんてとても出来なくて、俯いてばかりしか居られなくても、見下ろした道には、例え汚れた水溜りしかなくても、そこには流れる雲の姿が映るし、そよぐ風に水面は揺れる。必ず、夢のかけらは転がっていて、白い花の種は落ちている。

テレビでは震災の映像が減り、普通の番組が増えてきました。それはいいことなんだろうなと思います。でも、それはとても怖いことです。ちゃんと意識し続けないといけない。この同じ空の下で立ち上がろうとしている人たちがいることを。それはこれから始まるのだということ。何ひとつ終わってはなく、これから始まるのだということ。

この季節は入学の季節。小さな少女が髪を切り、ぶかぶかの制服に着られて走る姿に思わず微笑んでしまう。誰かに教えられるのではなく、君は自分自身で新しい季節を感じているのだね。大人もみんな、日本中のみんながもう一度入学すればいいのにね。

喜びと悲しみをふたつ抱えて生きていきます。泣けるということは素晴らしく、かえりみるということはとても勇気がいる。帰らぬ思い出はとても重いけれど、それは誰かに与えられたものではなくて、自分自身で作ってきた轍(わだち)。あなたにしかない轍。抱えたものが多いほど、振り子は幸せ側へ振り戻る。僕にも何かできることがある。僕も、もう一度この世の中に入学します。

(akoyaさん始めまして。拍手コメントにお返事できないのでこちらから失礼します。またいろいろなお話をお聞かせください。これからもよろしくお願いします)

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