2011.1.16 望み

もうすぐ定期健診です。肺の膨らみはどこまで落ちているのだろう。血中の炭酸はどこまで増えているのだろう。最近何となくずっと息苦しいので何だか嫌な予感。
先の見えない長い長い階段を下りているような毎日です。天高く、抜けるような青空に向かって、まだ見ぬ明日に期待をして、夢中で駆け上がって行く、そんな上り階段ならいいのだけれど。僕の目の前に続く階段は、深く深く海の底へ向かっている。入りたくないのに、毎日毎日、僕はその螺旋階段を下りてゆく。

テレビで、病気と闘う人たちの映像を見ます。本人も辛いけれど、支える家族や友人や、援助をする見知らぬ人たちの苦労話に、コメンテーターの芸能人が涙を流す。番組の最初は病気になった原因や症状の紹介、番組の終わりは、決まって、優しい人たちの心の紹介。決まっていつもそう。いつもそう。最後は、手術できてよかったね。今まで頑張ってきて良かったね。いつもそう。

まだ治っていないのに。まだ何も答は出ていないのに。2時間の枠の中では、画面が黒く消えるまでに物語は終わらなければならないから。カメラ目線で目頭にハンカチをあてる女優に何も言いたくはないけれど、カメラが回っていないところでも、病気の少女は闘い、それを支える人たちの闘いは続いているのに。まだまだこれからもずっと続いて行くのに。

見渡す限りの草原の、その緑の野辺にゆっくりと腰をおろす。そよぐ風が花を揺らし、空の真ん中で円を描く。隣に誰かが座っているのなら、それを幸せというのだろうな。まだ見たことのない世界がたくさんあるのに。行ったことのない風景がたくさん残っているのに。時間を切り抜いて、その時だけ笑顔を見せても、本当は背中側にも時間は流れている。止まることもなく、延々と病気は進行し続ける。たった一日も休みはなく、毎日毎日、身体は動かなくなってゆく。腕が上がらない、息ができない、そんなこと、そんなこと。そんなことばかり。

明日のことなど、僕にも分からないけれど。
誰かが僕の命を引き継いでくれたらいいのに。誰かの中で生きてゆけるのなら、僕はもう自分の光を消してもいいや。
でも、そんなことも叶わないのだね。僕の望みはいったいなんなのだろう。

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