2011.1.1 轍(わだち)

大切なのは、どれだけたくさんのことをしたかではなく、どれだけ心を込められたか。
昨年の今日に書いた言葉です。あれから一年が過ぎましたが、僕はどんな轍(わだち)を残すことができたのだろうか。

当たり前のように暦をめくる日々。今日は何曜日?とカレンダーを見るけれど、いったいどれくらいの人が、確かめたその日でなければならない理由をもっているのだろう? 今日が今日でなくてはならない理由など、本当はそんなに多くない。でも、やっぱり、今日は何日で何曜日かを確かめる。 きっとみんな自分の歴史を確かめているのでしょうね。自分の足が今日は何処を歩き、何を踏んだのか、何を残し、どんな轍を作ったのか。誰かの轍ではなく、自分自身の軌跡を知りたいんだ。人は臆病ですものね。僕もしかり。

多くのことにきょろきょろしないでいこうと思います。あまりにも遠くまで見渡して欲張ってみても、両手で抱えられることはたかだか知れている。たくさんのことが出来れば良いですけれど、本当に大切なことは、どれだけ心を込められたか。器用じゃないのだから。

疲れて黙り込む前に、暦をみます。過ぎた日を思い浮かべ、自分の足跡を辿る。まだ見ぬ日を想い、自分の夢を辿る。心を込めて生きていきましょう。それが自分自身の轍だから。
お正月早々、腕があがりません。またここからスタートです。それもよし。
僕は元気です。

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