2010.7.4 心象風景

人はきっとひとりきりで生きて行くものだけれど、それを感じるときがあります。そうは思いたくないですけれど。 誰かを支え、誰かを抱き上げ、その人の人生に寄り添っていてあげたいと思います。僕も、誰かに支えられ、誰かに抱きかかえられ、自分の人生を進めて行ける。けれど、きっと、ひとはたった一人きりで生きて行くものなのでしょう。

どこか遠くを見わたせるところへ行ってみたい。都会の真ん中では四角い空しか見えませんもの。中学校のときでしたか、校庭から校舎越しの空を見ていました。高く抜ける空はとても遠い。でも、コンクリートの校舎はとても近く小さく感じました。まるで玩具のよう。校舎の向こうから、巨人がぬっと顔を出し、玩具の校舎を千切り捨てるんじゃないか、なんて錯覚を覚えました。その頃からかな、いつも街で見上げる空は四角く、そして僕が居る玩具の世界はとても小さい、そう思うようになりました。本当の空は地球ぐるっと繋がっているのに。でも僕のいる場所からは空の向こう側は見えない。どこかの空の隅でくるりと風が舞っても気付くことなどできない。

流れる雲を見つめて、微笑む人がいます。オレンジ色に染まる夕陽を見つめて、涙を流す人もいる。もし同じ場所で、同じ時間を抱えて、同じ感動をしていたなら、何も言葉は要らない。同じ方向を向いているのだから。僕の心にずっと昔から思い描く風景です。

誰かと対峙するときは、いつも同じ側で同じ方向を向いていてあげたいなと思います。正面に回って話を聞くのではなく、同じ方向を向いて、隣で聞いてあげたい。その人の横で同じ方向を向いて、背中をそっと押してあげたい。
難しいけれど。でも、あまりに人を妬み、馬鹿にし、自分の主張ばかりする人が多すぎる。自分はこれほど頑張っているのに、あの人は全然してくれないと、人のすることをあげつらう人が多すぎる。

難しい。僕もそういう人のひとりです。けれど、理想であっても、僕の目の前に現れる人に対しては横に並んであげたい。そう思い続ければいつかそういう人になれるかも知れない。
人がひとりきりで生きていくものなら、尚更。
急に誰かが自分の前から姿を消す。考えたことがありますか?
ALSが進んで行く。時間のなさを感じます。もっとみんな優しいはずなのに。

何の囲いもない広い風景を眺めたいなと思います。僕がまだ自分の意思で身体を動かせるうちに。
そこにいる人たちはきっと誰とも向き合っていない。みんな同じ方向を向いているのだろうな。

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