2010.2.17 介護ほど辛いものはないのに

数日前、寝たきりの方を介護されているご家族のニュースをみました。一日に何回も寝返りをさせてあげて、喉に詰まる痰を吸引してあげていました。介護する側のご家族の方が高齢で、年老いていく中でいつまで自分の体力がもつのか不安だとおっしゃっていました。でも気丈に、私は笑うことはあっても泣くことはないとも話されていました。涙を流すそんな暇はないと。

この地球上には無数の病気があり、寝たきりの方や少ししか身体が動かせない方が無数にいます。介護や看病する方も数え切れないほど。でもそんなことは全然表に出ない。毎日普通に流れる現代社会ではそんな人たちの姿はどこにも現れない。地球のカタログには載っていない。分厚いカタログには便利な暮らしと生涯安全な社会。どうぞこの素晴らしき地球へお引っ越し下さい。未来永劫幸せが待っています。格好良いセールスキャッチだけ。

病気の方や介護する方はみんな地下へ潜らされる。案内人は綺麗なスーツを着て、優しい目をして、肩にそっと手を触れ白い歯を輝かせている。
「忘れはしませんよ。ちゃんと分かっています。あなた方も同じ地球人です。困った時はいつでも助けに来ますから。何かあったらいつでも言って下さいね。だから少しの間だけ地下で休んでいて下さい。何かあったらいつでも言って下さいね。大丈夫です。すぐ来ますから・・・」
きっと、地下から救い出されることはありません。今のこの社会では。
地下の少女が聞きます。
「下に潜った人たちは地表には出られないの?」
僕は答えます。
「うん出られないよ。外の人が助けてくれるけれど、でもここからは出られない」
外の世界の番人が言います。
「大丈夫。いつでも助けますから。はい、では怪我が治ったら帰ってください。寝たきりの方も自宅が良いでしょう。ご家族が介護してくれますよ。大丈夫ですから。何かあったらいつでもすぐ駆け付けますからね」
僕はまた少女に話します。
「地下に住む人に取って、何かあったら、という日はないんだ。いつも毎日が、その何かあった日なのにね」
地下から誰かが顔を出せばすぐ来てくれる。でも毎日は辛いでしょう。そんなことは頼めませんよ。

誰かが悪いとか、そういう話ではありません。人が悪いのではないのです。なんというか、社会の仕組みです。寝たきりの方はたくさんいる。その方を支える方は、寝ずに四六時中介護している。こんな世界はおかしい。どうしたら救えるのでしょうか。ずっと介護し続けて遊びにも行けない。熟睡することも出来ない。自分の為の時間なんてたった1分もない。疲れて苦しいだけ。なのに泣かないという。笑っていなければこの子が可哀想だという。この愛は何なのでしょう。なぜこんな人たちが、楽に贅沢して暮らせないのだろう・・・。
僕には分からない。

自分は必ず寝たきりになる。確実に。そのことが怖いです。そのとき、僕は自分を介護してくれる誰かの苦労や辛さを、受け入れられるでしょうか。その人は、気にしないで、元気で生き続けてくれたらそれだけで良いのだから、と言ってくれるでしょう。でも、本当はあなたが休むべきだ。本当は辛いでしょう、ずっと寝ずに介護するなんて。本当の本当は休みたいでしょう。

僕には無理です。分からないけれど、実際そうなってみないと分からないけれど、動けず話せず笑えない僕を誰かが看病して苦しみ悲しむ姿を、僕は自分でそれを感じながら生きることは出来ない。看病する人が可哀想だ。僕は生きる光を消すかも知れない。
頑張っている方々には失礼な話ですね。無責任な。ごめんなさい。

とても難しい。でも、これは迷う僕の日記です。2010年2月17日はこう思っていたという記録を残します。すみません。
痰が切れません。咳払いが上手くできない。また少し進行したように感じます。

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