2010.12.22 隔靴掻痒(かっかそうよう)

今日は冬至ですか。段々と春に向かって行くということですかね。でも1月や2月はむちゃくちゃ寒いですよね。日脚が長くなってきても春はまだまだ先か~。
かぼちゃを食べて、柚子湯に入って無病息災を願うってことなのでしょう? いつか、無病息災って題でブログを書きましたけれど、今年の七草粥の頃でしたか・・・。
柚子湯も、「冬至」だから「湯治」ってことでしょう? 柚子湯に入ったらALS治らないかなー。無病息災ねー。む~ん。

もどかしい、ことはたくさんあって、ケガもなく病気でもなくて健康であっても、やっぱり何処か身体の調子が悪いって思うことはありますし、欲しいものを手に入れたのに、すぐに違う何かを望んでいるということもよくあります。
自分なんて全然大したことないのに、何かを遂げられないことに溜息をついたり、何処にも行く必要がないのに、何処かへ行かねばならないと思ったり。

確かに自分の人生は何処かへ向かってずーっと繋がっているのでしょう。でも、その全ての時間と事実を、把握しているわけではありません。自分が把握している自分なんて、流れる時間の中へハサミを差し込んで、刃にひっかかった、とぎれとぎれの自分を見ているだけです。プツンプツンと千切れた時間の中で、とぎれとぎれの自分を、誰かのとぎれとぎれの言葉の隙間にハメ込んで、笑ったり、泣いたり・・・。

もどかしさはたくさんあって、空回りしている自分の心など、他の誰かの人生には何の影響も与えないのかもしれない。きっと、鏡で髪を直すよりも、誰も自分のことを見ていない。そんなものだと思います。本当は。
だから―。だから、あんまり気負わない方が良いのでしょうね。難しいことですけれど、神さまがひとり見ていてくれれば、それで良いですし、報われなくても、それはそれで、自分の歩いてきた轍(わだち)なんだし。一所懸命にならなくていいと思います。自分を苦しめるのはよくない。

隔靴掻痒ならば靴を脱げばいいさ。人前で格好悪いと思うことが、本当は格好良いってこともあります。自分の中で一番の正直さなら。
無病息災をお祈りしましょう。身体が病気でも構わない。心が自分らしいのなら、それでいい。

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