2010.10.19 憂鬱な空

先日お話しした介護ベッドがきました。設置してから一週間。慣れてきたような、そうでないような。これが今の僕の現実。今の僕の為にあるもの・・・。

いつだったか、恋をしていました。小学校の頃に隣に座った女の子を知らずに好きになった初恋も懐かしいけれど、中学生の頃に自分でも気付かない内に好きになり、でもずっと告白できなかった恋もほろ苦い。恋に恋した高校時代や、大人の振りを背伸びした学生時代。どの頃が本当に自分らしく誰かを好きになったんだろう。

毎日、今日は逢えるかな、ドキドキしながら過ごしていました。想いをつのらせ馳せて焦がした日々は優しい。切なくてやりきれなくて、いつか声をかけて呼び止めてつかまえて。
僕は決しておセンチではありませんが、あなたが望むならば、自分を犠牲にしても構わない、あなたの為に全ての時間を使うよ、そんな気持ちは儚くもやっぱり美しい。
知らない間にたくさんの不要な錘をぶら下げた僕は、いつしか大人になりました。四角い空の下で隣を歩く人が誰かも分からないままに。

今日は憂鬱な空です。今にも雨がこぼれ落ちてきそう。灰色の空が乾いたら、また元気になれますかね。
車椅子でしか移動ができない。車椅子に乗り移りがしやすいように介護ベッドを入れる。これはいいことですか? 転んで怪我をしないように。少しでも身体の負担がないように。これはいいことなのかも知れませんね。きっとそれはいいことなんだろうな。
でも、ベッドに横たわり、かすかなモーター音を聞きながら身体が起こされる自分を感じることは、僕はまだよく理解できません。自分の身体がどんどん自分の意思では動かせなくなってゆく。確かに安全なのだろうな。でも僕の身体は僕自身では動かせないのか。僕の為のものなのに、僕はそれをありがたいとは思えない。

いつかもう一度、自分の足でこの土を踏みしめることは出来ないのだろうか。
誰かを陰から想うだけでなく、追いかけてつかまえて、その嬉しさを伝えることは出来ないのだろうか。
明日は晴れますように。

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