2010.1.3 モリー先生との火曜日

何かを人に伝えることは難しい。思いは半分も伝わらない。

人は想像する生き物なので、相手の言葉を聞くうちに、相手が悲しんでいるのか喜んでいるのかを先に考えてしまう。淋しいのならその気持ちを深く読み取ってあげようと先回りするのです。良いことだと思いますが、想像し先回りしイメージするから、純粋に相手の気持ちを全て汲み取ることが出来ません。といって言葉の抑揚も感じず、何の感情も持たないままでは相手の気持ちは全く分からない。とても難しい。

本や文字はもっと難しい。会話でもなかなか伝わらないのに、本や文字で相手に気持ちを伝えることは難しいです。読んで汲み取ることも難しい。でも以前のブログに書いた通り、感じることが大事。本を読み、知るだけでなく、書き手の気持ちを想像し何かを感じなければなりません。

今日は本を紹介します。モリー先生との火曜日。映画にもなりました。ALSに侵された方の病気に対峙する気持ちが書かれています。たくさん共鳴しました。でもたくさん首を傾げました。寝たきりになり全介護される時の気持ちが書かれています。僕がALSと認定された時に最初に読みました。数年前です。病気を知ろうと思ったので。今日まで何回も何回も読み返しています。

モリー先生との火曜日

モリー先生はトイレの世話を受けることに或る意味、幸せを感じると書かれています。恥ずかしいと思っているうちはまだこの病気と付き合っていない。自分の出来ることを知り、介護されることに幸せを感じなければ、介護する方は幸せではないからと。
とても難しい。僕には難しい。自分のトイレの世話を誰かにお願いすることに、ずっと抵抗がある気がします。でも気持ちはどうであれいずれ必ず自分でお尻を拭くことが出来なくなるのですが。そのとき僕はどう思うのでしょう。
介護は大変です。例えば、僕が人工呼吸器を付けた時、それが外れないように数十分置きに僕を確かめなければならず、僕以上に睡眠出来ない毎日は辛いでしょう。いずれそうなる僕は、その時の自分を認め受け入れられるのでしょうか。

僕はモリー先生みたいに強くはありません。耐えられずに自ら生きる光を消すかもしれません。
少しずつ身体が動かなくなって行く過程をどうやって乗り越えて行くのか、それを知る本がありません。たくさんALSの本を読みましたが、みんな寝たきりの中で闘う勇気ある本ばかりです。そこまで何を考えて来たのか、どうやって病気と向き合って来られたのかが知りたい。

今日の今、感じることは、心に恐怖と絶望感を抱えていること。ふたをしようと思ってもいつも顔を出す。また進んだのか。毎日毎日思わない日はありません。ならば、僕が書こうと思います。上手く伝えられないとは思いますが、僕が寝たきりになるまでの過程を書き残したいと思います。この作業は決して楽しくはない。でも何かを残さなくては。誰の為かはわかりませんけれど。
今日も良い天気です。良いお正月です。明日は前向きなことを書きましょう。

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