2010.1.17 病み上がりにまた怒っています!

ずっとブログを更新していませんでしたが、なんとか風邪地獄から抜け出してきました。咳はおさまりつつあり、鼻水でしゃばり之助も風邪こじらせ衛門も自分のねぐらに帰って行ったみたいです。ふ~ひとあんしん。
僕ひとりが風邪でびーびー言っているのは世の中のほんの片隅のはなしで、世間は、何とか党の誰それ秘書が逮捕されたとか、不明金ん億円の拠出がどうだとかやっています。新聞をめくり、テレビニュースのチャンネルを回すと、横綱全勝ストップ!とか、冬季オリンピックまで1ヶ月を切った~などと目にします。同じ日の同じ時間に真逆の話題・・・。ふ~むっ。

高校生の頃、友だちみんなと話をしていて、将来何が欲しい?どうなりたい?という話題になった時がありました。周りのみんなは、デッカい家に住みたいとか、高級車に乗りたいとか、やれこれがしたい、やれあれが欲しいとか、言っていました。若者ならではの欲望が溢れていました。
僕は割と冷めた人間だったので、単純に、幸せになりたい、と言いました。みんなはキョトンとしていましたが、僕は冷静に悟っていました。目的は物が欲しいとか名誉が欲しいとかではなく、それは幸せになることなのだと。物欲や名誉欲はその手段でしかない。目的と手段を見間違ってはいけないよ。そう真面目に話しました。

僕の高校は学園ドラマのモデルのような学校でした。ワルも居るけれど進学校でしたし、ケンカもするけれど男女みな仲が良かった。隣の高校と抗争もありましたが、トップクラスはエリート大学へ進学しました。僕たちは学年集会を抜け出して、裸でプールで泳いだり、授業をサボって更衣室でタバコを喫ったりしました。進学の話やケンカの話や恋の話など、大人の目を盗んで裏山で缶ビール飲んだりしていました。ま、皆さんと同じように多感な時期を普通に過ごしたワケです。

でも僕にはちゃんと分かっていました。大人になって何になりたいのか。
プロ野球選手になりたいとか、弁護士になりたいとか口にする友人には、いつも説教をしていました。それは目的なのか?それは手段ではないのか!と。
ちゃんと明確に、目的というのは、幸せになりたい!ということなのだ!ということを知るべきです。物欲や名誉欲を目標や目的と捉えている人間は、それを手に入れても満足することはありません。また次の物欲や名誉欲が生まれます。キリがなく心が満たされることはない。

幸せになりたい、と望む人はいつか心が満たされ、生まれて来たことに感謝します。
確かにお金はあった方が良いし、欲しいモノを手に入れられた方が良いです。でもそれを目的にするとキリがない。それは幾つかある手段の内の一種類でしかありません。目的は、幸せになることです。「シアワセ」とは、心のカタチです。

何故、渦中の政治家はウソを重ね保身するのでしょう?いったいあの人の目標は何なのでしょうね。センセイと呼ばれることがそんなに大切なのでしょうか。
記者のカメラに囲まれ、お騒がせの中心なのに、どこか他人事のような顔のお偉方の画面。チャンネルを回すと、同じ時間に、白銀のコブをジャンプし、突き上げるこぶしと共に歓喜に湧くシーンが映ります。スポーツで飯が食えるか! 夢で飯が食えるか! そういう意見も否定はしません。ごもっとも・・・。

でも僕は、ウソブクおとっつあんたちの画より、上手投げと座布団が舞う画にチャンネルを合わせます。
僕が風邪を引いていることなど世の中の人は誰も知りません。地球の中ではゴミみたいなことです。でも僕は幸せを望んでいる。誰も知らない誰かが幸せを望むなら、僕は一人でも応援します。
病み上がりにまたクドくワケの分からないことを書いてしまった・・・。だって、健康なのに、悪代官が多すぎやしませんか! こっちは呼吸することすら苦しいのに。
ぶー。

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