2009.12.5 経験

「経験」という言葉をよく考えます。座右の銘ではありませんが、経験という言葉に自分の救いを求めます。
小さい頃から大学を卒業するまで、ボーイスカウトに入っていました。テントで寝たい、というのが始めたきっかけですが、活動は奉仕活動や見知らぬ国内や海外のスカウトとの交流など、まったく想像もしていなかった世界で多くの出会いがありました。

見知らぬ人と会い、何の心つもりもないことを、一定の期間、共に行うということは苦痛でもありました。地域の代表として他の県外のスカウトと寝起きを共にし訓練することは、子供だった僕にはとても憂鬱でした。
早くこの土日が終わらないかなと思っていました。訓練が終わり自宅へ帰るときは嬉しくて仕方ありませんでした。
その頃出会った友人たちとは今ではなかなか会うことはありませんが、いつか顔を合わせても昔のように笑顔で話し合えるでしょう。

時が過ぎればわかること。たくさんあります。でも、その時々は嫌で仕方ないこともあります。
僕はそんな時、いつも「経験」という言葉を自分に掛けていました。この嫌な思いもいつかきっと、自分の経験になると。だから終わるまで我慢しようと。

要らない経験なんかない、不要な経験なんてどこにもないのだよ、ということなのでしょう。
でも、なんでもかんでも我慢しなさい、ということとは少し違います。経験を積めば、嫌なことは嫌だと言って良いし、いつまでも我慢する必要はないのです。その判断の基準を経験で高めなさいということだと思います。

「経験」という言葉はぼくにとってとても奥が深いテーマなので、もう少し掘り下げて文字に残して置きたいのですが、とても長くなりそうなのでまた次回にします。

今日は朝は晴れていましたが午後から曇り空になりました。夜からは雨の予報です。
気圧と低気温と、僕の足は氷のようで豚足のようです。

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