2009.12.14 鈍色の空

ずっと肩こりが治らずつらい日々を送っていますが、両腕にも響く痛みやダルさも取れず、苦悩しています。
コップを持ち上げられないどころか、例えば、お箸で無理して挟んだ唐揚げ一つも重くて、口元までうまく運べません。筋肉が落ちて自分の腕自体が重くて支えられないのです。

病院の先生がおっしゃっていました。まだ杖をつきながらも歩いて通院が出来ていた頃の話です。
いずれ腕が上がらなくなり、コップやお箸を口元へ運ぶことが出来なくなるよと。
その時はずっとずっと何十年も未来の話だと思って聞いていました。でもまさに今がその時ですね。先生に言われたのは3年程前です。まさかこんなに早く来るとは・・・。
最近、首も凝っています。ここ三カ月位ずっと。人間の頭は重いですからね。いずれ首をまっすぐ支えることも出来なくなるのでしょう。

進行性の病気がたまらないのはこういうことです。
違う先生がおっしゃっていました。ALSの辛いところは、病気の進行を自分で知り続けることだと。段々動かなくなって行く身体を自分で見続けなくてはならないことだと。

時々、僕も思います。
怪我ならば、いつか治ることを楽しみに思える。風邪をひいたならば、いつか治ることを待てる。
でも、進行性の病気は違うのだなと。これは、人生を減点して行く病気です。
この前まで出来ていたことが出来なくなる。この前まで動いていた身体が動かなくなる。
普通はみんな未来を夢見ます。楽しかった思い出を懐かしみ、また同じように楽しもうと、或いは今までとは違う新しい楽しみを始めたいと願います。明日はあれをしよう、来年はこれをしようと。記憶を辿り、それ以上の幸せを幾重にも重ねて、自分の歴史を作って行くのです。

でも僕は違います。記憶に残る思い出は二度と出来ません。来年またやりたいなと思っても、もう二度と出来ないのです。今を維持するということすら出来ません。
段々小さくなって行くのです。段々動かなくなって行くのです。
人生を減点して進んでいるみたいです。記憶をひとつひとつ忘れて行くように、ひとつひとつ出来ることが減って行きます。ネジを巻き戻し、時間を逆転させたい。

病気の進行を自分で知ることは辛いです。それがどこへ向かっているか分かっているからです。
振り子の原理を信じます。

ブログには出来る限り前向きなことを書きたいと思っていますが、たまには心の片隅にあるものを文字にすることも必要だと考えています。生き抜きみたいなものですか。思ったことをどっと書いちゃう。
これだけ愚痴れば、明日は幸せな1日になりますかね。こうやってPCに向かえることはまだまだ元気だということですもの。
今日の空は鈍色でした。明日の空は何色でしょうか。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください