2009.12.11 振り子の原理

今日は朝から篠つく雨でした。毎日少しずつ寒くなっていきます。

僕は、秋という季節がとても好きです。新緑が芽吹く春も好きですが、オレンジ色をした枯葉がはらはら落ちる様を眺めるのはとても好きです。自分の気持ちを考えさせてくれます。
僕は知らない人を眺めるのが好きです。秋になると、道行く人はみんなコートの襟を立てながら、俯き気味に足元を見ながら歩いています。顔を上げると綺麗な景色はたくさんあるのに、誰もそれに気付かないように、自分の靴ばかりを見て歩いていきます。少し背中を丸めながら。
そんな足早に通り過ぎる人たちを、じっといつまでも眺めているのが好きです。

みなさん、それぞれにそれぞれの家族があり、それぞれの人生を追いかけているのでしょうね。だから寒い空の下を周りの風景には気付かずに、暖かい家族の待つ家路を急ぐのでしょう。
誰も笑っているようには見えません。みんなキュッと唇を噛み締めて、心に何かを秘めて歩いています。そんな見知らぬ人たちを見て、僕はとてもおセンチになります。意味もなく可哀想になります。誰かが泣いているということもないのですが。

いつも思います。通り過ぎる人たちを眺めながら、みんな幸せであれば良いのになあと。誰ひとりとして、今が不幸せだと思っていなければ良いのになあと。
でも現実はそうでなないのでしょうね。みなさん、誰もがそれぞれに心に悲しみを抱えている。誰と比べることもないけれど、みんな自分の悲しみが一番大きいと思っている。

僕は通り過ぎる人たちを見て、悲しくなります。なぜか切なくなります。それは哀れみではなく、小さな温もりが見えるからです。どんなに悲しそうな顔をしていても、きっと心のどこかに、自分なりの心の拠り所をもっている筈だから。百ほど悲しいことがあっても、たった一つの幸せを諦めない希望を持っていると思うからです。
枯葉を踏みしめながら歩く姿がとても好きです。早く暖かいお家に帰ってくださいね。
今日よりもひとつでも幸せなことが明日起こりますように。

僕は、「振り子の原理」というものを唱えています。経験の話に近いかも知れませんが、心には大きな振り子があるのです。悲しみや後悔や痛さを知らない人は、喜びも幸せも受け取ることができません。じっと心の真ん中で生きている人は幸せというものが分かりません。

たくさん悲しいことや辛いことをした人は、心の振り子が大きく揺れます。大きく振れた振り子は、必ず反対側へ振れ戻ります。悲しみが多かった人は、必ずその逆の幸せの方へ振り子の針は振れるのです。
今が辛いなら、経験として心に蓄えましょう。悲しみの針は大きく振り、いつか必ず反対側の幸せに向かって振れ戻ります。必ず幸せはやってきます。

僕がALSを患ったことにも、何か意味があるのかも知れません。その答えをまだ見つけることは出来ていませんが。その意味を探すことはとても大変です。見つからなくても良いと思っています。無理に自分を励ます理由を作る必要はないと思っていますから。作り物や飾りは要らない。

ただ、僕の振り子は、少しであっても無念さや悔しさを抱えて振れている。ならば、いつかきっと、反対側の幸せな世界へ、針は振れ戻ってくれるでしょう。いつか笑える日がくる。これは自分が信じる自分の振り子の原理です。夢ではありません。必ず振り子は、振り戻るのです。

さて、小説「ひとの轍(わだち)」も書き進めなくては。少しずつですが書き進めています。お時間があったら、読んでくださいね。
明日は晴れるそうです。外のおセンチな景色を眺めようと思います。

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